2026/04/17 21:36



ものづくりをしていると、「正しさとは何か」を考えさせられる場面に、何度も出会います。

性能は立証されているのか。理屈は通っているのか。再現性はあるのか。工業製品や技術の世界に身を置いていれば、こうした問いを立てることは、むしろ自然です。けれど最近、ものを作ること、そして売ることを俯瞰して見たとき、別の軸が確かに存在していることも、無視できなくなってきました。


ものごとは、すべて正解でなくていい

論理の世界では、正しいか、間違っているか。

効果があるか、ないか。白黒をつけることが前提になります。しかし現実の消費や選択の場では、人はそこまで厳密に生きていません。

なんとなく良さそう

雰囲気が好き

みんなが使っている

こうした理由で選ばれるものが、実は圧倒的に多い。これは「間違い」ではなく、人が人として生きている結果です。すべてに正解を求める世界は、確かに美しく、筋も通っています。

けれど同時に、とても疲れる世界でもあります。


民主主義型の「正しさ」が支配する世界

今の多くの市場では、専門家の論理よりも、多数の共感が正しさを作ります。

多くの人が良いと言っている

評判が広がっている

空気として受け入れられている

この「民主主義型の正しさ」は、論理的に正しいとは限りません。それでもみんなが安心して選べる空気を壊さずに済むという意味では、非常に強い。マーケティングとは、この民主主義型の正しさを否定することではありません。

理解した上で、どう関わるか

それが問われているのだと思います。


全てを具体的にする必要はない

ものを売る側にいると、つい説明したくなります。

どこがどう優れているのか

なぜこの価格なのか

もちろん、それが必要な場面もあります。ただし、すべてを具体化し、言語化し、証明しようとすると、“感じの良さ”は失われていく

人が選ぶとき、必ずしも理解を求めているわけではありません。「あ、これでいい」「なんかちょうどいい」この感覚は、論理ではなく、空気の中にあります。

「良い感じ!これで良い」という強さ、マーケティングの本質は、人を論破することでも、

無知を正すことでもありません。むしろ、深く考えなくても、安心して選べる状態をつくることに近い。「良い感じ!」「これで良い」この言葉の裏には、

説明しなくても納得できる

否定される不安がない

自分の選択を肯定できる

そんな心理的安全性があります。ものが売れるとは、正解を押し付けることではなく、選んだ人が後悔しない空気をつくることなのかもしれません。

ものを作ること、売ることの本質

論理的に固められた世界は、確かに強い。

しかし、それだけでは人は動かない。

一方で、

心地よい世界は、必ずしも正しくない。

それでも、人は集まり、文化は続いていく。

ものづくりとは、

この二つの間に立ち続ける行為です。

正しさを捨てすぎない

でも、正しさだけで殴らない

そのバランスの中で、「まあ、これでいいか」と思ってもらえた瞬間、初めて“売れる”という現象が起きる。良いか悪いかは、いったん置いておいて。なんだか心地よい世界。今の時代、そこに寄り添えるかどうかが、ものを作る人・売る人の大きな分かれ道なのかもしれません。