2026/02/27 22:39

道路交通法が変わると、自動運転は手戻りが発生するのか2026年、道路交通法が変わる。
生活道路の制限速度は30km/hへ。
自転車には反則金制度が導入される。
しかし、ふと疑問が浮かぶ。
自動運転はどうなるのだろうか。
ルール変更は手戻りを生むのか
ルールが変わるたびに、プログラムを修正する必要があるのではないか。もしそうなら、相当な負担になる。さらに極端な話をすれば、認識条件が変わり、センサーの再調整や構成変更が必要になれば、それは大きな手戻りになる。
ソフトウェアだけでは済まない。
検証、テスト、再認証。すべてが連鎖する。これは開発者にとって、非常に重い問題だ。
実際には「コード」ではなく「データ」で吸収する
しかし現代の自動運転は、この問題を避けるように設計されている。自動運転は主に三つの層で構成される。認識(センサー)、判断(ルール・AI)、制御(車両操作)このうち、速度制限の変更は主に「判断層」で処理される。重要なのは、速度制限をコードに固定値として書かないことだ。代わりに、高精度マップ、標識認識、外部データベースから取得する。つまり、法律が変わっても、データを更新すれば対応できる。理想的には、手戻りは最小限になる。
それでも手戻りは完全には消えない
ただし、手戻りがゼロになるわけではない。問題は「例外」だ。例えば、センターラインの有無で制御を分けている場合、制動距離を速度前提で最適化している場合、特定条件で動作を分岐させている場合。ルール変更は、前提条件そのものを変えてしまう。この場合、ロジックの修正、再学習、再検証が必要になる。さらに厄介なのは、現実の曖昧さだ。消えかけたライン。不明瞭な標識。地域ごとの例外。これらは、センサー認識やアルゴリズムの調整にまで影響する。結果として、物理構成は変わらなくても、開発上の手戻りは発生する。
本質は「変化を前提に設計しているか」
法律変更が問題なのではない。変化を前提にしていない設計が問題になる。固定値に依存したシステムは、変更のたびに崩れる。一方で、データ駆動、抽象化、外部化が徹底されていれば、影響は局所化できる。これは自動運転に限らない。すべてのシステムに共通する、設計思想の問題だ。
ルールが単純になるほど、機械は強くなる
生活道路が30km/hに統一される。人間にとっては制約だが、機械にとっては単純化だ。例外が減り、判断が減り、不確実性が減る。皮肉だが、ルールが厳密になるほど、機械は動きやすくなる。
終わりに
自動運転にとって本当に怖いのは、ルール変更そのものではない。変更に耐えられない設計だ。手戻りが大きくなるかどうかは、法律ではなく、設計思想で決まる。変化は必ず起きる。それを前提に作られたシステムだけが、
未来まで動き続ける。
